
撮影前半四日間は大きなトラブルもなく順調に進んだ。
「時間が合ったらね」のセリフを信じるならば花音は多忙らしく、四日目のラスト一時間しか来てくれなかった。
しかも夕陽のシーンで時間との戦いで、俺は花音の相手をしている暇はなかった。
空きの役者いわく、ちょっと離れたところから黙って見ていたらしい。
あれだけ「来て」とせがんだのは俺なのに、悪いことをしてしまった。
辺りを見回してももう花音の姿はなかった。
「あー、どうしよう! 拓郎」
克が携帯を持った手をブンブンと振り回しながら俺に近づいてくる。
「どうした?」
「明後日の屋上のシーンさ、昨日、別の組が大きな音を出して撮影していて、苦情入って立ち入り禁止になったらしい」
「え? まじかよ」
俺は脚本と香盤表を見比べ、対処法を考えた。
場所を変えるとなると撮り方も変わってくるし演出も変わってくる……。
ふと顔を見上げると、克が俺の正面に立って人差し指で鼻の頭をさすっていた。
「何やってんの?」
「拓郎のマネ」
「え?」
視線を下にずらすと、確かに俺は右手の人差し指で自分の鼻の頭を触っている。
「気付いてなかったんだ? 拓郎さ、演出考えるときいつもそうやってるよ」
自分にそんなクセがあるなんて全然気付かなかった。
「拓郎君さ、ずっとだよ、それ。打ち合わせとか授業中からやってる」
後片付けをしながら真奈までが突っ込んでくる。
克はにやにやしながらまだ鼻の頭を触って俺の真似を続ける。
「もー、それはいいから、どうするか考えろよ」
俺は小っ恥ずかしくなって、丸めた台本で克の頭をポンと叩いた。
「俺を叩いても何にも出てきませーん。脚本変えてもらうしかないんじゃないの? ちょうど明日撮休だし」
不幸中の幸い。
そして花音にも会える。
作品やスタッフに申し訳ないけど、トラブルの渦中なのに俺はちょっと浮かれてしまった。