
学校は七月いっぱいまで授業があり、夏休み開始は八月一日からだ。
夏休み直前に撮影計画書と脚本を提出し、許可は下りた。
始めの二週間はロケハンをしたりオーディションをしたり衣装合わせをしたり、合間にバイトにも行ったりで寝る間もない忙しさだった。
三週間目にやっとクランクインできることになり、俺と花音と克で深夜のファミレスで最終的な打ち合わせをした。
克が大きなあくびをしながら、
「俺、うんこしてくる」
と余計な宣言してトイレに向かった。
花音は撮影スケジュールが書かれた香盤表を見ながら他人事のように言った。
「明日晴れるみたいでよかったね。まあ、暑くて大変だろうけど頑張ってね」
俺はアイスコーヒーを吸い込む花音の口元を見ながら姿勢を正して言った。
「あのさ、現場でアクシデントとかさ、あとは演出の都合で脚本を急に変更することになったときのためにさ、鈴原にも現場に来て欲しいんだけど」
花音はそんなこと言われるなんて全く思っていなかったみたいで、ポカンと口を開けたあと、不服そうに唇を突き出した。
「えー、嫌だよ、暑いし。焼けちゃうし」
「じゃあロケの日はいいよ。スタジオで撮るときだけでも」
花音はうー……と小さく唸りながらアイスコーヒーをくるくるとかき混ぜた。
「私が行くとさ、現場の空気が悪くなるでしょ」
確かにそれはあるかもしれない。
真奈の膨れっ面がまざまざと浮かんだ。
「大丈夫だって。多分」
こういうときの俺はとことん無責任だ。
「大丈夫じゃないよ。真奈とか超睨んでくるじゃん。あれは嫉妬だよね。山崎君のこと好きなんだよ。私と話すの気にいらないんだって」
「んなことないって。大丈夫。鈴原のほうが睨み効きいてるから」
「そういう問題じゃないし。それに私二人以上の共同作業とか苦手だし。気を使うとかできないし」
花音は頑なに否定してくる。
花音なりに気を使っているのがわかる。
でも、せっかくの撮影だから、ちょっとだけでも顔を出して欲しい。
「時間があるときだけでいいからさ」
「私、これでも忙しいんだよ」
「じゃあ、俺が会いたいから、来て」
そんなピュアなセリフが勢いでうっかり出てしまった。
花音は一瞬きょとんとしたあとに、大きな口を開けて大笑いした。
周りの客が何事かと思ってこっちをじろじろと見てきた。
花音は一通り笑って落ち着いたあとに、
「わかった。じゃあ、時間があったらね」
と言ってウインクしてきた。
俺はうっかり出てしまった本音と花音の何ともキュートなウインクに赤面した。
「ただいま。いやー、立派なのが出たわ。一本勝ち。さすが俺」
克がすがすがしい顔と体で戻ってきた。
「ん? 拓郎さ、なんか顔赤くない?」
「いや。別に。クーラーの効き悪いんじゃね?」
そう言ってごまかすと、花音は笑いを堪えながらわざとらしく寒そうなジェスチャーでパーカーを羽織り直した。
「ってかさ、さっき大爆笑がトイレにまで聞こえてきたんだけど。あれ鈴原さんだよね?何があったわけ? ドリフの爆笑シーン見逃したみたいですごい損した気分なんだけど」
克は席に座りながら俺と花音の顔をきょろきょろと交互に見る。
「やだ、聞こえてた? だってさ、山崎君の志村けんのモノマネがあまりに似ていてさ」
花音はわけのわからない無茶振りを始める。
「えっ? 何!? 俺拓郎のそんなモノマネ見たことねーよ! ちょっとまじかよ、もっかいやってくれよ」
克が俺の両肩をつかんで前後に激しく揺さぶる。
「わかったからやめろよ。ってかお前、手、ちゃん洗ったんだろうな?」
「あ、どうだったっけ? 爆笑が気になって忘れた気がする」
克は両手を俺の前に広げながら悪気なく笑う。
「……だっふんだ」
俺が会話に乗せてあまりにも似ていないモノマネをすると、克の笑い声は止まり、花音は指に挟んでいたタバコを灰皿の上に落とし、クーラーの温度が二度下がったんじゃないかと思うほど冷たい空気が俺たちのテーブルに漂った。