
七階にはもう花音の姿はなかった。
しまった、遅かったか。
エレベーターはゆっくりと下に下りていっている。
階段で下りて先回りし、一階で待ち伏せしたほうが確実か。
俺はこの学校に入学して以来、初めて階段で一階に向かった。
七階建てだけど、七階全部が映画映像学科の教室ではなく、七階と六階だけ映画映像学科の教室。
六階には編集用のパソコンルームなどもある。
五階はアニメーション科の教室で、上階よりちょっとオタクっぽい連中が週間漫画を片手にアニメ談義している。
四階と三階は美術・装飾コース、二階がヘアメイクコースと衣装コースと続くのだが、階段を駆け下りる途中、意外なところで花音の声が聞こえた。
「凛子」
俺は三階へ向かう途中で足を止めた。
二、三段戻り、そっと廊下に顔を出す。
そこには他人かと思うくらい笑顔の花音がいた。
そんな風に笑うんだ。
それが率直な感想だった。

花音が話している凛子ってのは、女にしては背が高くて黒髪のショートヘアでスポーティな感じの美術科の生徒。
七階にも撮影の件でよく現れていたから名前と顔ぐらいは知っている。
顔が広くて、人当たりがよくて、腕もよくて、面倒見もいい姉御肌。
頼まれれば七色のカーテンから、両手を上げた招き猫の置物から、真っ黒な薔薇まで何でも作っていた。
いくつもの自主の撮影の美術を請け負っていて、みんな彼女を頼っていたけど、でもまさか、花音まで手名づけていたとは。
凛子くらいみんなの人気者だと、悪い噂のある花音とつるんでいても誰も咎めないのだろう。
凛子も凛子できっと花音の噂なんて気にしない性格なんだと思う。
俺って、ちっせぇ……。
凛子は本物そっくりの手作りの花のコサージュを花音の頭に乗せて遊んでいた。
花音は頭に乗せられたコサージュを手にとり、凛子の耳元に当てふふふと笑っている。
俺はそこが何だか異空間のような気がして入り込めず、踊り場から眺めることしかできなかった。
しばらくすると、凛子が花音の左腕の袖をまくった。
なぜかドキッとしてしまった。
凛子は王子さまのタトゥーをツンツンと指先でつつき、花音も抵抗することなく触らせる。
花音のタトゥーを知っているのは俺だけだと勝手に思い込んでいたから、自分以外にも知っている人がいることにちょっとがっかりしてしまった。
その反面、クラスで浮きまくっている花音にも、学校内に友達がいるということに純粋にほっとしたりもしていた。
花音と凛子は女子らしく手を振って別れ、花音はコサージュをもらったのか、耳元につけたままエレベーターホールへやってきた。
今がチャンス。
「鈴原」
俺は踊り場から花音に声をかけた。
花音は思いがけない所から俺が現れたことにきょとんとしていたが、いつも通り人を試すような目で俺を見て、艶っぽい含み笑いを浮かべた。