
授業前に話そうか、授業後に話そうか。
そんな細かいことで悩んでみたけど、花音はいつも通りチャイム終了ギリギリに教室に入ってきたから授業前に話すという選択肢は自然と消えた。
今日の花音は五分丈の薄手のTシャツを着ている。
だから二の腕の王子さまは見えない。
王子さまを見るのを諦める代わりに自然と胸元に視線がいく。
ぴたっとした素材だからいつも以上に体のラインが出る。
手足の細さの割には花音はそこそこ胸がある、ほうだと思う。
女性はパットでごまかせるから、生で見るまでそのジャッジはしかねる。
今まで何度がっかりさせられてきたことか。
でも花音はそんな小細工はしなさそうな気がする、と俺は勝手に思っている。
花音がいつものように上体を前にくねらせて座ってると、股上の浅いデニムのお尻とTシャツの間にわずかな隙間ができ、白い肌が覗いた。
そのちょっと油断した感じもそそられ、隙間から目が離せなくなる。
やばい。
これじゃ俺、ただのむっつりじゃん。
でも、想定外の恋に落ちてしまった男なんてのはこんなもんだ。
授業が始まったというのに俺は花音を見てそんなことばかりを考えていた。

チャイムが鳴ると同時に花音は立ち上がり鞄を肩にかけた。
黄色いノートは鞄には入れずに、手でしっかりと持っていた。
ノートを胸元に抱き寄せた瞬間、チラっとこっちを見た。
なんて意味深なチラ見なんだ。
この前のノートの一件を思い出して俺はカーッと熱くなる。
俺はすぐに追いかけて話したかったけど、この教室で花音と話すと他の野郎の視線が気になってしまう。
花音が教室を出て人が少なくなったところで声をかけよう。
俺ははやる気持ちを抑えて落ち着きなく帰り支度をした。
「今日さ、アトムでジュンが回すらしいんだけど行く?」
克が話しかけてくるけど、俺の心ここにあらず。
俺が何も答えなくても克は一方的に話し続ける。
「でも俺トランスってあんまりなんだよなあ」
そろそろ大丈夫かな。
あまり遅れると見失ってしまいそうだ。
「拓郎、聞いてる?」
克が俺の肩に手を置く。
「ごめん、俺パス」
俺は克の肩をパンパンと叩き、大股歩きで教室を出て行った。