
克が俺の腕を引っ張り上げた。
「彼がどうしてもききたいことがあるけど監督のことリスペクトしすぎてきけないって言うんで」
「えっ!?」
さっきまで克に注がれていた視線が一気に俺に集まる。
「ほら、自分できけって」
克はいかにも自分が気を利かせてやったという顔で俺の頭をポンポンと叩き、
「すみません、コイツ、本当にシャイボーイで」
と愛想笑いで席についた。
今度は俺が克を見下ろして睨んだ。
克はしてやったり、というような変顔で俺を見上げる。
会場の視線はまだ俺に釘付け。
それより何より、石田さんの視線がじっとこっちに向けられていることに動揺してし
まう。
さっきまで還暦のおじいちゃんだったのに、俺を捕らえたその視線にはどこか威圧感
があった。
「すみません、間違いでした」で済まされる状況ではない。
とにかく質問をしないと。
俺は石田さんの作品を頭の中で再生する。
初期の頃はカルト的な作品で一部の映画マニアから絶大な指示を集めた監督だった。
海外の有名な監督からもリスペクトされるような独特のセンスを持った監督だったのに、日本ではなかなか評価されなかった。
やっと日本で評価されたのは王道のヒューマンストーリーだった。
それでアカデミー賞をとってしまってからは、そっち系の作品ばかり撮っている。
でも、俺は初期の作品のほうが好きだ。
支離滅裂で意味不明で。
それでもその世界が成り立っていた。
結局その頃の作品は今でも理解できないことだらけだ。
でも、面白かった。
とても面白かった。
最近の作品は守りに入ってしまっていてつまらない。
俺は覚悟を決めて石田さんの目を見て口を開いた。
「あの……監督の初期の作品で、ラスト爆発して終わったあの、あれの意味がわからな
かったんですけど、どういうことだったんですか?」
学生たちはさっきまでのクスクス的なざわめきではなく、不穏な感じのどよめきをあげた。
受け取り方によってはとても失礼な質問だったのかもしれない。
学長も額に汗をかきながら口元をひきつらせて石田さんの様子をうかがっている。
石田さんは、うんうんと小さく頷きながら、ゆっくりとマイクを口元へ持ち上げた。
「うん。君は、日本語が話せているから、セリフの意味はわかっている。目も見えてい
るみたいだから、映像も見てとれる。耳も聞こえているみたいだから、音も聞き取れる。
だけど、それを頭で理解しようとしてるんじゃないか?」
石田さんはそこまで一気に言うと、マイクを置いて両手を広げた。
「なんで頭で考えようとするの? 心で感じればいい。爆発する意味? そんなのない
よ。夢があっていいじゃない!」
大声でそう言うと、曇り空にぱあっと太陽が現れたようなおめでたい顔で笑い出した。
シンと静まりかえった会場に、監督の笑い声が響いた。
夢。
頭の中でパンッと真っ赤な風船が弾けたような、そんな衝撃を受けた。
幼稚園の頃から知っていたような言葉が、なんとも眩しく新鮮に感じた。
俺が突っ立っている間、石田さんはずっと笑っていた。
おじいちゃんのくせに、落とし穴が成功して笑っているやんちゃ坊主のような、そんな無邪気な笑い声だった。
