
特別講座にはほとんどの生徒が参加していたけど、案の定、花音の姿はなかった。
こういうのに参加するタイプじゃない。
そんなことは端からわかっていたけど、無意識のうちに花音を探してしまっている自分にちょっとうけてしまった。
「何笑ってんの? 思い出し笑い? 面白い話? 何なに?」
克がしつこく聞いてきたけど、俺は、
「ん? エロイ話」
と適当なことを言ってごまかした。
「え? 何それ。まじ聞かせてよ」
克が真剣な目でくいついてきたから、それが面白くて余計に笑ってしまった。

イベントスペースの中央ではカマキリみたいな顔の学長と、ゲスト講師として招かれた映画監督の石田(いしだ)隼人(はやと)が座っていた。
現役の監督ってもっといかつい感じかと思っていたけど、石田さんは拍子抜けするほど物腰の柔らかい六十歳過ぎのおじいちゃんだった。
そのへんの道を孫と手を繋ぎながら歩いていそうなおじいちゃん。
きっと、横を通り過ぎても誰もカリスマ映画監督だとは思わないだろう。
講義の始めのほうは生徒たちも有名監督を前に浮かれていた。
しかし監督のあまりに普通っぽい風貌にすぐに慣れ、司会の学長の監督に対する気持ち悪いくらいのおべっかにうんざりし、会場はすぐに倦怠感で充満した。
正直者の克は俺の隣で堂々と居眠りをしている。
一時間ほどの監督のありがたいお話しを終えて、質疑応答タイムが始まる。
監督にアピールしたいやる気満々の数人の学生が「私は映画をわかっている」体の質
問していた。
監督は当たり障りのない回答をする。
「他に質問のある人」
学長が会場全体を見回す。
克がいびきをかきだしたから、まずいと思った俺は肘で克のわき腹を小突いた。
「克、出席、呼ばれてっぞ」
授業中だと勘違いした寝ぼけた克は、慌てて大きな声で手を上げた。
「はいっ!」
「元気がいいねえ」
石田さんが目尻の皺を深くして嬉しそうに笑う。
会場はクスクスという笑い声とざわざわした空気に包まれる。
「あ、えっと、その」
克はやっと今がどういう状況かを把握したみたいで、声を出して笑うのを必死で堪えて涙目になっている俺を思いっきり睨んだ。
しかし、次の瞬間予定外のことが起こった。