
地に足が着かず、浮ついた気持ちのままバイトに向かった。
東京での専門学校生活に慣れたゴールデンウィーク明けから始めたバイト。
『アートン』という名のその店は、昼はお洒落カフェ、夜は小粋なバー。
アート関係の人が集まり、ときどき写真や絵画、絵本やぬいぐるみまで、あらゆる個展が行われ、月に一度はクラブっぽいイベントも開催される。
時給がそこまでいいわけじゃないけれど、コンビニやファミレスに比べたら個性的な才能あるクリエイターたちと話せて刺激にもなるし、何かコネも作れるかもしれないという淡い期待を胸に選んだお店。
でも、「誰々と仕事してさ」みたいな、いかにも業界人的な調子に乗った会話や、「今度縁があったら何か一緒にしましょうよ」という挨拶のようなお決まり文句ばかりを聞いているうちに、ここじゃ何の刺激にもならないし、たいしたコネも作れないと悟った。

今日は入り口に看板が掛けられている。
『satoru hanabusa』。
今日からしばらく個展が開かれる。
また、自称売れっ子アーティスト、もしくは自称未来の人気アーティストたちがかわるがわるやってくるのか。
俺は一気に現実に引き戻され、地に足をつけた。
「ちーっす……」
店内に入ると壁に大きなモノクロ写真が飾られていた。
モノクロはいいよな。
あまり腕がなくてもそれっぽく見えてごまかせる。
構図も上手とは思えない。
狙っている感がばればれで下品だ。
タイムカードも押さずに心の中で一人批評会をしていると、カウンターの中から晃(あきら)さんの視線を感じた。
「お前もやるんだっけ、写真」
晃さんはこの店の店長で、奥二重のすっとした目にあご髭の男前。
昔バスケをしていたらしく、長身でそこそこがっちりしていて腰エプロンがよく似合う。
二十九歳だというのに妙な落ち着きがあって、説教臭い年上の男の客でもキャーキャーとうるさい若い女の客でもそつなく接客をこなす。
俺は自分が七年後にああなれているとは到底思えない。
「やってましたけど、お遊びですよ。名古屋いた頃に一眼で適当にパシャパシャ撮って
ただけで」
俺がタイムカードを押そうとスタッフルームのドアノブに手をかけると、店の奥から知らない男が声をかけてきた。