
「山崎、ちょっと」
授業が終わりみんながぞろぞろと教室を出る中、先生が俺に手招きをした。
「お前、撮影計画書出してないらしいけど、撮らないのか? 夏休み」
「あー、ちょっとまだ決めてないっすね」
「決めてないっすねじゃなくて。二年なんてあっという間だぞ? 就職活動のときには作品提出必須なんだから、時間あるうちにどんどん撮っていけよ」
「あ、はい。考えておきます」
そう言いながら時計をちらっと見ると、先生は呆れた顔で出て行った。
俺は席に戻ってどさっと腰を下ろし、誰もいない教室を見渡した。
わざわざ呼び止められるってことは、よっぽどなんだな。
授業で基本的な機材の使い方を覚えた学生たちは、夏休みに自分の作品を撮ろうと活気づいていた。
だけど俺はいまいちその波に乗り切れていなかった。
俺の中には撮りたいものがない。

空っぽの教室で空っぽな俺に浸っている間に、教室には夕陽が差し込み始めた。
机に落ちる自分の影は当然のことながら黒い。
表情も何もない。
ペタンコの薄っぺら、真っ黒で何も見えない。
俺はおでこを机にコツンとぶつけ影の上につっぷした。
目を瞑るとこのまま影に吸い込まれしまいそうだ。
いかん、黄昏ている場合じゃない。
バイトが俺を待っている。
俺は顔を横に向けて頬をぺたーと机に密着させ、机の上に残るわずかなひんやり感で目を覚まそうとした。
しかし俺の目を覚まさせたのは机の温度ではなく、黄色いノートだった。
さっきまで花音が座っていた席の引き出しからノートの端がはみ出ている。
俺はそのレモンイエローにぐいぐいと引き寄せられる。
忘れ物だ。忘れ物。
この教室は色んな学科の色んなコースの人が使う。
席だって決まっているわけじゃない。
この段階では誰のかわからないはずのノートだ。
事務局に忘れ物です、と持っていこう。
しかしその前に、もしちょっと中を見るだけで誰のかわかって、それがなおかつ同じクラスの人のだったりしたら、直接返したほうが効率がいいんじゃないだろうか。
そうだ、そうに決まっている。
事務局に行く手間が省ける。
直接返してあげたほうが親切だ。
俺は俺の中でたくさん言い訳をした。
人のノートを見るのはさすがに気がひける。
その罪悪感に打ち勝つだけの言い訳を頭から体中に駆け巡らせた。
それ以上に好奇心が心から体中に発信されていて、俺のほとんどを支配してしまっていた。