
「なんでさあ、演出がしたいのに照明論なんてやらなきゃいけないんだぁ?」
休憩時間、克(まさる)が空になったパックジュースを未練たらしくズズズと吸い込みながらぼやいた。
榎本克は同じクラスで同じ歳。
大学四年生のときに『ライフ イズ ビューティフル』を深夜のテレビ放送で見ていたく感動し、理系の就職先に内定をもらっていたにも関わらず、映画監督になりたいと言って就職を蹴って入学した純粋なバカだ。
でもそのバカさ加減は押し付けがましくなくていい。
根がいい奴なんだと思う。
気を使わなくていいタイプだから楽で、その後もずっとつるんでいる。
克は根がいいだけあって、悪気なく学校の不満を愚痴る。
この『関東映画映像学院』は東京・恵比寿にある映像制作の専門学校。
俺のいる映画映像学科は映画監督になりたい人やミュージッククリップなんかを撮りたい人が通うところで、少人数制を売りにしていて一クラスは二十五人。
授業は演出、脚本、制作や、カメラ、照明、音声などの撮影技術、編集などによって分かれていて、七割が実習で三割が講義。
就職に有利な実践力が身につくカリキュラムらしい。
実習の授業はまだ耐えられるが、講義は眠気との戦いだ。
教科書を見ているだけで傑作が作れたら苦労はしない。
「映画は総合芸術だから」
俺は空っぽになったパックジュースを丁寧に開いてペタンコにしながら、克のぼやきに対して入学式のときに校長が言っていたセリフで答えた。
「またまたぁ、それっぽいこと言っちゃって。拓郎(たくろう)だって演出の授業以外まともに聞いてねえじゃん」
「んなことねえよ」
俺は鼻で笑う。
「なんで? さっきもだるそうにしてたじゃん」
「じゃなくて、演出の授業すらまともに聞いてねえっての。テキスト通りの理屈ばっか
り、つまんねえ」
平たくなったパックジュースを半分に折り、さらにもう半分に折ろうとしながらぼやく俺を見て、克はなるほどね、と言いたげに何度も頷いた。

「全く。バカ高い授業料はどこに消えているんだか」
俺は教室の後ろにでかでかと貼られたポスターを顎で指し、克の視線を促した。
「あのへんじゃね?」
『七月十日・特別講座・ゲスト講師・映画監督・石田隼人』。
俺たちが子供の頃に日本アカデミー賞監督賞を受賞したベテラン監督。
たまに現役バリバリの監督を金で呼んでは、学校のメジャー感を見せて生徒のやる気を起こさせようとしている学校の魂胆が見え見えだ。
イベントで来る活躍中の映画監督なんて、俺たちとは全く違う人種なんだ。
根っからの天才。
そんな奴の話を聞いたところで凡人の俺には何の参考にもならない。
「あ、そろそろ行かないと」
午後の授業開始五分前。
俺は重い腰を上げて次の教室へ向かう。
「次、脚本だよなー。俺あの先生苦手なんだけど」
克が大きな伸びをしながら言う。
そっか。じゃあ花音は出席の可能性が高いな。
そう思ったけど口には出さず、俺は小さくなったパックジュースのゴミをゴミ箱に放り投げた。
緩やかな放物線を描き、ゴミはストンとゴミ箱におさまった。