
#13「Like」-1
「百合!」
授業が終わってビルの外へ出たら、突然名前を呼ばれた。それは明らかに日本語のイントネーションで、更に男性のものだったから、戸惑った。
そして声の主を認めた時、一瞬自分がどこにいるのか分からなくなった。
「久しぶり」
「純也? 何してんの?」
数か月前に別れた元彼の姿がそこにあった。
結婚すると信じてた人。裏切られて憎んだ人。私がNYに来るきっかけとなった人。
口をあけっぱなしの私に、純也ははにかむ。
「出張だよ。うちのNY支社そこの角にあるじゃん。それにしても、まさか会えるとは思ってなかった」
こんな偶然あるんだろうか。
確かに私が勤めていた銀行のNY支社はエンパイアーステートビルのはす向かいにある。けれど、こんなに人が溢れている、こんなに時間が急ぎ足の街で、まさかかつての日本の恋人にばったり再会するなんて、想像が出来るはずがない。

日本食が食べたい、という純也と、Astor Pl Stにある日本人街へ行った。
純也は明日の朝の便で帰国するらしい。日本に帰れば存分に日本食が食べられるんだから、NYならではの物を食べた方がいい気がしたが、NYならではと言えば、ハンバーガーとピザしか思いつかず、結局私たちは『やきとり大将』へ足を運んだ。
店内は混雑しており、私たちは狭いカウンター席へ通された。日本人の店員にIDを求められて、私はいつも持ち歩いているパスポートを見せた。純也は持っておらず、アルコールを断られた。どこからどう見ても成人しているのに、こういうことに融通が利かないのがNYっぽい。
ビールとジンジャーエールで乾杯をして、枝豆とアスパラの明太子ソースと焼きうどんを頼んだ。
「ウマい。やっぱ俺には日本があってるな」久々の日本の味に、純也は感動している。
「百合はどうしてるの、こっちで」
「学校行って、友達と遊んで、買い物したり、散歩したり、かな」
「楽しい?」
「楽しい!」
「へぇ、そうなんだ……」
お互いの近況報告をすると、もう話すことがなくなった。なんだか気まずい沈黙がながれる。
私は努めて明るい声で尋ねた。
「そう言えば、結婚するらしいじゃん」
「……誰から?」
「泉美。わざわざメールくれた」
「連絡取ってんだ」
「たまにね」
「やめたんだ、結婚」
太陽に雲がかかるように、純也の顔が曇る。
「……そうなんだ」
まさかそんな返答を予想していなかったから、何て言えばいいか分からない。
「百合と結婚してればよかったかな」
私は曖昧に笑って、残りの少ないビールを喉に流し込んだ。