第5回 「樽にいても、席に座っても同じ」

 パクチー嫌いの友人が来パクしているという連絡をスタッフから受け、店に
戻ったある日。

 10年来の友人であるため、何度かパーティに来てくれた友人は、すでに15回
ぐらいは来パクしているが、パーティ以外のタイミングで来たのは初めてだった。
「初めてメニュー見るけど、パクチーばっかりじゃねぇか」。専門店だからね。

 そして彼はもう一言「パクチーハウスで初めて座ったよ!」。彼はいつも樽の
周りかカウンターのそばで飲んだくれている。

 一緒に来ていた友人は、僕が数年前に彼に紹介した人だった。3人で琥珀
ヱビスを飲みながら、あーだこーだ話していて、別の友人Nの近況などについて
聞いていた。

 ふと横を見ると、Nの企画でマカオに行ったときに、偶然道端で知り合った
女性が座っていた。あまりのタイミングに驚いていると「久しぶりに、来パク
したよ~」と。マカオでは、同行していた人の奥さんが、同地の道端で偶然
「高校の同級生だ!」と声をあげて知り合った不思議な縁。

 人の縁はつながりまくる。何かを求め、何かを発信していると、次から次へと
新しい縁が生まれる。そして、縁と縁は、いくつもの偶然が重なりつながる。
たぶんすごい確率でつながるというよりは、縁が絡み合っているから、ちょっと
視点を変えるだけで縁はどんどんつながっていくのだろう。

 勢いに乗って同じテーブルの人と話したりしていると、僕の本を読んで来て
くれた人などにも次々話しかけられ、樽は交流の度合いを増す。

 極めつけは、昔僕が採用した人との再会。大手電気メーカーで関西地区の採用
責任者をしていたときに、他社とずいぶん迷っていた彼。とにかく選択肢は
自分で作って自分で選べと伝えた結果、僕が勤めていた会社に入ってくれたし、
それから約10年が経ち、自分の勤務先に納得して仕事をしているという。

 あのときあそこで会わなかったら…。という仮定はあまり意味がない。
「あのとき」には「あそこ」で会ったというそれだけだし、縁の絡みはさらなる
縁を以って複雑になるのではなく明らかになる。今に「あのとき」を重ねて
いるだけ。

 「樽にいても、席に座っても同じじゃねぇかよ! わけわかんねぇ奴に
いっぱい出会う」。

 酔っ払ったパクチー嫌いの友人この一言は、パクチーハウスの理想的な状況を
よく言いあらわしていると思う。樽は円で、ずんぐりむっくりしたアレという
だけではなく、こうした状況を生む、不思議な力を持っているのだ。

[Kyo_do tsushin] No.8 2010年7月4日発行分より

■佐谷恭 kyo paxi
佐谷恭

京都大学総合人間学部在学中の19歳のときに旅を始める(現在までの訪問国数約50カ国)。2004年、「旅と平和」をテーマにした論文で、英国ブラッドフォード大学大学院(平和学専攻)を修了。

職歴は、富士通(株)で関西の新卒採用の責任者、(株)リサイクルワンの創業期のセールスマネージャー、(株)ライブドア報道部門の立ち上げ時のリーダー。

 2007年8月9日、株式会社旅と平和 を創立。同年11月に交流する飲食店をコンセプトに東京・経堂に世界初のパクチー専門店「パクチーハウス東京」をオープンさせる。2009年4月からは、樽を囲む立ち飲みスタイルの店舗内店舗「Public'S'peace」(パブリック・ス・ピース)もスタート。
現在、新しい“交流する飲食店”(用賀)と社会起業家を対象とした仕事空間提供サービス“PieceOfPeaceシェアオフィス”を準備中。

日本手食協会理事長、日本パクチー狂会会長。
著書に「ぱくぱく!パクチー」(情報センター出版局)。